指導者の目と、選手の感覚は、違っていていい

うまくいかないとき、どこを直そうとしていますか

プレーの精度が上がらないとき、選手は自分なりに原因を探します。手の位置、足の踏み込み、腕の振り方——末端の感覚を調整することで、うまくいくこともあります。実際に「ここを意識したら急によくなった」という経験は、多くの選手が持っているのではないでしょうか。

一方で、指導者の目には、まったく違うものが見えていることがあります。

本人の意識と、外から見た動きは、一致しないことがあります

選手が「手の動きをこうしたら動きがよくなった」と感じた時でも、外から見ると體の中心部がしっかり先導して動いているように見える——そういうことが起きることがあります。

そして逆もあります。「体幹から動かそう」と意識しているのに、外から見ると末端が先に動いてしまっている。

本人の感覚と、外側から見た動きは、必ずしも一致しません。これは、どちらが正しいという話ではありません。人によって、意識の入れ方と実際の動きのつながり方が違うということです。

末端を準備することが、中心部の動きを引き出すこともあります

指導をしていると、「體幹部から動いて」と伝えるより、「まず手(足)をここに準備して」と末端への意識を促したほうが、結果的に全身の動きがまとまってくる選手もいます。

末端を整えることが、體全体の連動を引き出すきっかけになることがあるのです。

大切なのは、どこを意識させるかではなく、その選手にとって何がきっかけになるかを見つけることです。

指導者に必要なのは、観察力「外から見る目」です

選手本人は、自分の體の感覚の中にいます。だからこそ、外から動きを観察できる指導者の目が必要になります。

本人が末端を調整しながらうまくいっている時、外から見て何が起きているかを把握していること。その理解があれば、感覚が崩れたときにも的確な言葉をかけることができます。

選手の意識と、外から見た動き。そのふたつを同時に持てることが、指導者としての眼の深さにつながっていきます。

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